新卒で私立の高校教師を辞めたい

新卒で高校教師を辞めたい

小学校、中学校、高校と一番近くで見てきた仕事であり、一番頼りになる大人であり、あこがれた仕事でした。先生になったら、生徒から慕われたい、人気の先生になりたい。そう思って大学で教員免許を取得しましたよね。

もしかしたら、大学生の時に友人に誘われ教員免許を取り、なんとなく免許を持っているからと、教員になったのかもしれません。それでも教員になったということは何か心のうちに秘めた熱い思いがあったのだと思います。

私は小学校の頃から先生に憧れを持っていました。誰にでも優しく、いつも明るくて、まさに理想の大人でした。大学まで進み、当たり前のように教員免許を取りました。就職が私立高校に決まり、心を踊らせたのを覚えています。

教員一年目、授業を行うのはとても楽しかったです。「わかる!」という生徒の顔が見たいと思いました。しかし、一つ自信を失うと、自分の好きな授業でさえ自信をなくし、楽しくなくなってきたのです。徐々に学校に行きたくなくなってきました。そして、退職をしました。

この記事を開いてくださったあなたは、きっと私のように何かに苦しくなって、楽しくなくて、転職を考えておられるのでしょう。そんなあなたに私の経験が少しでもお役に立てるのなら幸いです。

目次
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新卒で私立高校の教員を辞めたくなった理由

授業に自信が持てなくなった

授業をすることは大好きでした。どうすればわかりやすく伝えられるか、苦手な子にはどう教えたらいいかと、常に考えながら授業準備をしていました。しかし、現実はあまくありません。

私を待っていたのは、生徒はわからない授業は「聞かない」、楽しくない授業は「聞かない」というものでした。試行錯誤を繰り返し、なんとか授業クラスとの関係ができるころには、わからないところは「わからない」という声を少しずつ聞けるようになりました。

うれしくてガッツポーズをしたのを覚えています。この関係が作れるまで3か月かかりました。この時はとても充実した時期だったと思います。大学進学を考えている生徒からの信頼されるようにもなり、授業では難しいところまで話しても聞いてくれるようになりました。

そんな時期に自信をうち砕いてきたのが「研究授業」です。念入りに準備し、イメトレも重ね、緊張して授業に臨みました。結果は惨敗です。緊張のあまり何をしたのか覚えてないほどでした。

教頭先生をはじめ、校長、参与、学年主任からきつい言葉を言われ、「あなたの授業は何がしたいのかわからない」とまで言われました。フォローしてくださる先生は一人もいませんでした。教科主任は就職当初から何も教えてもらっていないことが仇となりました。

「学校で一番何もしない先生」というレッテルを張られている教科主任でした。なぜ、自分だけこんなに言われなきゃいけないのかと悔しくも思いました。

「教科主任にちゃんとお願いしなかったんだろう」とも、教頭から言われましたが、お願いしてもレジュメの確認すらしてもらえませんでした。「僕はあなたを信じていますから」と投げられていました。

 唯一、私を励ましてくれたのは生徒たちでした。この子達のためにもう少しだけ頑張ろうとも思いました。生徒は恐ろしいほど教員たちを見ていますよね。

残酷でもありますが、本質を見ているような気がしました。この励ましてくれたのは2年生のクラスです。せめて、この子達が卒業するまでは苦しくても頑張ろうと思っていました。

業務の多さに寝る暇がない

私は国語教員でした。授業は週22コマ。それのほかに学校運営では「総務部」、部活動は「チアリーディング部」「書道部」でした。総務部は学校の雑用係でした。

文章の校正やPTA関連、学校便りの作成全般(図書、保健、各学年など)、全校集会の取りまとめ。これらすべてを5人のメンバーで行っていましたが、実際仕事をしているのは3人だけ。

残りの2人は「部活動があるから」や「クラス担任の仕事が忙しいから」と二人の仕事は私に回ってきました。授業終了は17時前。そこから二つの部活動を周り、生徒を帰らせると18時30分です。

次の日の授業準備をし、プリントを作るとすでに21時は超えていました。そこから総務の仕事をすると日付が変わるギリギリの時間です。このころ、世間では学校の情報漏洩が問題になっており、自宅に仕事を持って帰ることを禁止されていました。

帰宅をすると夜中の1時。夕食を軽く済ませ、入浴をし、寝ても5時には起きなくてはいけません。部活動の朝練の鍵開けがあったからです。土日はもちろん部活動の1日練習。

連日睡眠時間は4時間で身体を壊すのは時間の問題でした。

身体を壊し、入院

2年目になり、入学式直前に私は腹痛で病院に運ばれました。ストレスと寝不足による疲労で重度の胃腸炎になったのです。半月の絶食と寝たきりの生活でした。

2年目になり、クラスを持つことが決まっていたのですが、半月の入院のため、辞令は取り消されました。もちろん、お見舞いは誰一人ときません。自分のクラスがどうなっているのか、辞令が出たことすら知りませんでした。

学校に復帰すると、嫌味が待っていました。私がいなかった時、いかに大変だったかをネチネチと言われるのです。クラスを持たない辞令が出ていたので、授業は週に23コマになりました。

昨年度よりも1コマ多いです。半月の寝たきりで体力が落ちている私は、ますます痩せていくだけでした。体重は15kg落ち、髪の毛はどんどん抜けていきます。途中からウィッグをつけてごまかしていました。

GWが過ぎるころにはなんとか体力も戻りつつありました。しかし、食事はできず栄養はサプリメントで補給し、通勤の車内で号泣してしまう日がありました。きっと精神的に追い詰められていたのだと思います。

修学旅行でのセクハラにより退職

2年団に所属していた私は修学旅行がありました。2年にして仲のいい先生が一人できました。その先生と一緒のコースが決まり内心ほっとしていました。この先生になら何でも話せるからと、とても頼りにしていました。

その先生は私よりも年上で経験豊富な物腰柔らかな方でした。上司として本当に尊敬していました。

修学旅行先では、生徒の人数も多くなく、のんびりできるコースでした。私もいつも嫌味を言ってくる先生から離れられて、気が緩んでいたのもありました。

修学旅行2日目の夜、仲のいい先生から、お酒を飲みながら語ろうと誘われました。軽い飲み会はおわり、部屋まで送ってもらった際、部屋へ押し入れられました。

未遂ではありましたが、警察沙汰の一歩手前までの事件となりました。私は家から出ることができなくなり、退職を決めました。

きっとやめていた

私は辞めざるを得ない状況ではありましたが、きっとこの事件がなくても辞めていたと思います。私は退職したのち、精神科に通いました。そこで「うつ病」と「PTSD」診断され、就業不可能となりました。

きっと修学旅行の事件がなくてもこうなることは時間の問題だったと思います。ただ、毎日のように後悔はしていました。苦しかったのは生徒に会うことができないことです。

あなたも退職に踏み切れない理由の一つに生徒がいるからというのもあるのではないでしょうか。または、他の先生に迷惑をかけてしまうことを気にしているのではないでしょうか。

退職をする際には、心残りなく退職することがよいと思います。私は後ろ髪を引かれながら辞めてしまいました。いまだにそのことを後悔しています。

そして、もう会えないこともわかっているのに、生徒たちに会いたいと思ってしまうことがあります。きちんと話したかったと、何年たっても思い続けています。

新卒で高校教師を辞めて生保会社⇒塾講師へ転職した理由

何かをしなくては生活ができなくなった

さすがに何も仕事がないと生活ができなくなってきました。死んだように毎日を過ごして1年近く経っていました。貯金もなくなり、働き口を探しました。その際、「うつ病」のことを理解してくれる職場を探さなくてはいけませんでした。

ハローワークで出待ちをしていた生保レディに誘われ、営業という教員とは全く異なる職業に転職しました。その時は、とにかく生活するお金が必要だったため、職業を選んでいる暇はなかったのです。

生保レディとしての生活が始まりましたが、毎日退屈でした。興味のない生命保険の仕事で、大して難しくもない試験の長期間の勉強。営業に行っても自分のためになることは何もないように感じていました。

生命保険の売り方も自分のポリシーに反していました。人の弱みにつけこんで大金を払わせてるような気分になりましたし、その売ったお金が自分のお給料になることも嫌だったのです。

やっぱり、教壇にたちたい

生保レディとして仕事をしてて思っていたことは「授業がしたい」でした。営業中も本屋に寄っては、参考書を見たりしていました。また、キラキラした生徒の顔が見たいという思いがずっと消えないのです。

私は生保レディを半年で見切りをつけました。このまま生保レディをしていても自分は何も成長できないし、自分の教員としてのスキルがなくなっていくような気がしていたのです。

私は、授業だけができる仕事として探しました。はじめは学校の非常勤講師っを探していたのですが、学校という場所に戻る勇気はなかったのです。

また一から勉強をしたくない生徒を前に向かせられる自信がありませんでした。そこで、最初からやる気がある生徒が多いところとして、塾を選びました。

塾講師の仕事は私にとって天職だった

私がしたかったことは、授業です。学校に勤務していたころ学校経営やクラス運営で苦しんでいる先生を目の当たりにしていたため、クラスを持ちたいという思いは全くありませんでした。

ただ、授業がしたい私は個別指導も集団クラスも持たせてもらいました。塾生はやはりやる気を持った生徒が多く、指導していて楽しかったです。

テストでいい点を取れば見せてくれ、悪かったら、何が悪かったのかを一緒に突き詰めれました。私の理想の教師像がありました。

新卒で高校教師を辞めてOKな人、NGな人

教員を辞める前に今一度考えてみてください。本当に今、辞めて後悔しませんか。今の教え子たちと永遠にさよならをすることに抵抗はありませんか。

辞めてはいけない人

  • 授業で失敗して苦しんでいる人
  • 先生として卒業式に出たことがない人
  • 今、生徒を手放してしまうと後悔する人

上記に該当する人は、まだ辞めないでいてほしいです。授業で失敗しても次の授業でやり直しができます。生徒にはたった一言正直に「ごめんなさい」というだけでいいんです。

生徒たちは茶化してくるとは思いますが、本気で怒る生徒はそうそういません。「先生も間違えたりするからまた教えてください」ぐらいの気持ちでいくと生徒は応えてくれると思います。

また、生徒との関係性に悩んでいる人は学年の終わりまで粘ってみる価値はあると思います。全力で今まで生徒にぶつかってきて、苦しくなっている時期でこのページを見ていると思います。私もありました。

本当に良い関係ができなくて、生徒から「うざい」と何度も言われました。本当に会いたくなかった時期もありました。でも、卒業の時には声をかけてもらえました。先生が本当に報われるのは卒業式だけです。

自分の元から巣立っていく生徒の後姿を見ることが一番報われる時だと私は思います。クラスを持ったことのない私ですが、そんな私でも卒業式は授業で関わった生徒に全力でぶつかったことが報われる一瞬でした。

一度でいいからこの経験をしてから転職を考えてみてください。それからでも遅くはないです。

上記でも述べたように、私のように途中でさよならも言えずに辞めるのだけは絶対に辞めてはいけません。その時は解放された気分になるかもしれませんが、後になって「あいつは大丈夫かな?」と脳裏をよぎってくる生徒が何人もいます。

でも、私のように辞めてしまうと確かめる術がありません。本当に悔しいです。一人一人生徒の顔を思い浮かべてください。本当に生徒と離れても後悔しませんか。
 

辞めていい人

  • 上司である先生から嫌がらせを受けていて、味方になってくれる人がいない職場
  • 上司である先生から指導が全くない人
  • 生徒と離れることに抵抗がない人
  • 精神疾患を診断された人

上記に当てはまる人はその学校に留まる必要は全くないと思います。職場である職員室が険悪なものならば、学校全体もそういう雰囲気の学校なのでしょう。そのような学校では自分の成長はきっとありません。

指導がない場合もそうです。自分のことで手一杯の業務に追われる学校は空気が重々しいのではないでしょうか。このような学校には見切りをつけて次に行くべきだと思います。

また、生徒と離れることに抵抗がない人は、きっと教員ではない職場で自分の力を発揮できるのだと思います。生徒があっての教員ですので、あなたの天職は教員ではないのではないでしょうか。

もっとあなたに合った職場がきっとあるはずです。教員として人の前に立つことができたあなたはどんな面接にも応えられます。

学校にいて精神疾患になってしまった人はすぐにでもその学校を離れるべきです。精神疾患が軽度のうちに離れ、養生してください。生徒と離れたくないという気持ちがある人は、療養休暇を取るようにし、すぐにでも学校と距離を置くべきです。

私のように正常な判断ができなくなると、さらに悪化の道をたどります。

高校教師からのおすすめ転職先

塾講師

授業が好きな人、生徒とかかわり続けて行きたい人は塾講師がオススメです。塾講師も様々あり、独立して塾をする方法もあれば、大手に就職することもできます。

塾経営をしてみたい人は一度個人塾に就職し、ノウハウを学ぶのも一つの手だと思います。

また、塾だと反発してくる生徒が少ないことも魅力的です。学校だと、どうしても反発してくる生徒が多くいて生徒指導が必要な生徒が出てきますが、塾ならばやる気のある生徒が多いため反発する生徒はおのずと居なくなっていきます。

授業がしたい、授業が大好きな先生は塾講師をオススメします。

公立の教員

私立教員だと、退職までずっとその学校にいることになりますが、公立の教員になれば転勤があります。合わない学校は教育委員会に異動届を出せば次の新年度には新しい学校へ転勤する可能性が高いです。

ただし、教員採用試験があるため正規雇用までの道のりは長いですが一つの転職先としては候補に入れたい職になります。

また、教員採用試験に合格しなくても常勤講師、非常勤講師としての就職も可能です。

教材の販売、制作

学校で働くのはもうこりごりだが、学校というものから離れるのはさみしいという人に多い転職先が教材関連です。販売員になる人もいれば、教材を作る職に就く人もいます。

教材を作ることが楽しかった人には天職になりやすいと聞いたことがあります。教材関連に就職する際には教員としてのスキルがあると優遇してもらえることが多いです。

営業でもあるので社交性のある人にはオススメの職になります。

新卒で高校教師から転職するときのポイント

12月頃に来年度の意向が聞かれる

学校によって異なりますが、多くは12月ごろに来年度の話が教頭先生から来ると思います。その際には転職する旨を伝えなければなりません。

学校としては人員確保のため引き留めてきますが、強い意志を持ってお断りをしてください。非常勤講師として来年度の話をされることもあります。

この時に、次の就職先がなければ、1年就職活動期間を設けるために非常勤講師になることも一つの手だと思います。

三学期は時間がない

12月まで転職活動はできる暇がなかったと思います。いざ、転職を決めて就職活動をしようと思っても、三学期は入試や卒業式と忙しいので就職活動をする暇はなかなか取ることができません。

就職活動をするのは3月中旬からになることが多いです。時間の使い方を考えての就職活動が望ましいです。

転職活動をするなら非常勤講師で

上記のことから、時間に余裕がない状況のため、一年非常勤講師をしながら時間をかけて転職活動をすることをオススメします。焦って決めてしまってはベストな選択ができないと思います。

気持ちに余裕ができるように一歩引いて考えるものもアリではないでしょうか。

まとめ

教員という仕事は本当に大変で、辛くて、見返りが少ない仕事ですよね。やりがいも見いだせなくなってしまうと、苦しいだけの毎日になってしまいますよね。教員から転職することは容易なことではありません。

生徒のこと、業務のこと、一人で抱える仕事の多さが転職を遠ざけてしまいます。大丈夫です。あなたの業務は他の先生でもできます。そこは全く気にしなくていいです。

ただ、生徒にとってはかけがえのない先生の一人です。あなたに救われた生徒は少なからずいます。生徒との別れのタイミングだけは逃さないようにしてください。

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